水猫の友達

水猫は水でできた猫です。

形は確かに猫の形をしていますし、ゆらゆら動く尻尾も、丸まって寝ている姿も、お尻を高く上げて獲物を狙うしぐさも猫そのものですが、水なので誰も触ることはできません。するっと体に手が入ってその手が濡れるだけなのです。声を出そうとしても、喉の辺りに少し波紋が起こるくらいで、ゴロゴロとも、にゃあとも鳴くことができません。だから水猫はいつもひとりぼっちでした。

散歩する水猫

寝ぐらも、人のめったにこないような薄暗い神社の軒下です。雨に当たると水猫の体は際限なく大きくなってしまいますし、あまり晴れた日に外に居続けると、蒸発して体が縮んでしまうのです。だから水猫は、曇り空の日や夜にだけ外に出てきます。

特に心置きなく歩き回ることができるのは夜です。陽が差さないのはもちろんですが、水猫は人間が苦手でした。水猫はほかの猫と違って体が水でできていて、触ることもできませんし、鳴くこともないために、多くの人間の目にはとても不気味に映るようです。そんな水猫に対して、石を投げて追い払うような人間もいます。水猫は石を投げられても水の体を通っていくだけなので痛くもかゆくもありません。それだけに石を投げる人間の表情がよく見えました。それがよけいに辛いので、水猫は人間を避けて夜歩くようになりました。

ある日の夜、神社の境内がやけに騒がしいのに気がついた水猫は外を覗き見てみました。浴衣姿の多くの人間が集まってきています。トントンと太鼓が鳴り、ひょろひょろと笛が鳴っていて、聴いているとそれだけで弾むような気持ちになってきます。水猫の住む神社のお祭りの日だったのです。

おまつり

水猫はお祭りが好きでした。いつもひとりぼっちの水猫は、人間は苦手でしたが、賑やかな場所は好きでした。夜歩くのも、誰も歩いていないような商店街よりも繁華街を選んで歩きます。もちろん物陰に隠れながら、人間に見つからないようにしながら歩くのですが、そうして歩きながら賑やかに行き来する人間やごみに群がる犬や猫や鼠などに囲まれている時間の方が、神社の軒下でじっとしている時間よりもやはり楽しいのでした。

水猫は軒下から這い出して、茂みや木の陰に隠れながらお祭りを見て回りました。提灯の赤い光や、屋台の軒に吊るされた電球に照らされた色様々なお菓子が写る目をキラキラと輝かせながら、焦げたソースの匂いにお腹を空かせながら境内を歩いていると、不意に子供の泣き声が聞こえました

「お魚さんが! かわいそうだよ!」
「しょうがないね。またとりに行こうね」

金魚はよほど弱っているらしく、口を開けたまま静かにお腹を動かしています。かわいそうだな、と水猫が手を差し伸べると、そこから金魚はするすると水猫の体の中に入ってきました。水猫は驚きましたが、これで金魚が死んでしまうことはなくなったからいいか、と金魚を体の中に泳がせたまま軒下の寝ぐらに帰りました。そして体を丸めてすやすやと眠りました

水猫と金魚

次の日、水猫が目を覚ますと外は雨でした。今日は外に出ることができないな、と外を覗き見ながら水猫は考えましたが、その時お腹のあたりに違和感を覚えました。金魚が水猫の体の中をすいすいと泳いでいます。そういえばそんなことがあったな、と水猫はお祭りの夜のできごとを思い出しました。手や足の方に泳いでくる金魚がときどき赤くちらちらと見えます。尾びれが水をかくたびに、なんだかくすぐったいような感覚があります。水猫は丸まったまま金魚の動きを感じていました。そうしてときどき声には出さずに語りかけました

「金魚すくいの屋台にはたくさん友達がいたんじゃないのか?」
「すくわれてひとりで連れられて行くときは淋しかったか?」
「あんなことがあって俺の体を泳ぐようになってしまったけど」
「俺の体のいごこちはどうだい?」
「俺はずっとひとりだったけど」

雨の日の猫

そこまで考えて水猫ははっとしました。今、俺はひとりぼっちじゃないんだな。魚はもちろん言葉を返すことはありません。けれども、水猫の体の中を気持ちよさそうに泳ぎ回っていました。本当に嫌であれば、水辺に行って手を浸せば川の方へ泳ぎ去っていくでしょう。今度そうしてみてもいい。その時にも金魚が体に残って泳いでいてくれるのであれば……

「俺にも友達ができたのかな」

水猫は体を丸めたまま、くっくっと笑いました。そして、雨の日も悪くないなと思いました。

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くわのどん

くわのどん

日本近代文学、特に戦後無頼派(新戯作派)が好き。お酒も好き。たまに小さな旅をする。